大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

新潟地方裁判所 昭和44年(ワ)403号 判決

原告 佐藤恭子

右法定代理人親権者 父 佐藤昭三

母 佐藤ノブ

〈ほか二名〉

原告ら訴訟代理人弁護士 川村正敏

被告 木戸昭夫

〈ほか一名〉

被告ら訴訟代理人弁護士 渡辺喜八

主文

一、被告らは、各自、原告佐藤恭子に対し三七九万四、一八五円、原告佐藤ノブに対し八万〇、四三〇円および右各金員につき昭和四〇年六月一九日以降各完済迄各年五分の割合による金員を支払え。

一、原告佐藤恭子、同佐藤ノブのその余の請求および原告佐藤昭三の請求をいずれも棄却する。

一、訴訟費用はこれを五分し、その三を原告らの、その余を被告らの各連帯負担とする。

一、この判決の第一項は原告佐藤恭子の勝訴部分に限り、被告らに対し各五〇万円の担保を供したとき、その担保を供された被告との関係において仮に執行できる。

事実

第一、原告ら訴訟代理人は、被告らは、各自、原告恭子に対し八八一万〇、八〇八円、原告昭三に対し五〇万円、原告ノブに対し六三万四、〇五〇円および以上の各金員につき昭和四〇年六月一九日以降各完済迄各年五分の割合による金員を支払え。」との判決と仮執行宣言を求め、次のとおり述べた。

(請求の原因)

一、本件事故の発生

昭和四〇年六月一八日午後六時四〇分頃、中蒲原郡小須戸町天ヶ沢新田九九一番地二附近の県道新津三条線と町道との交差点において、県道を進行していた被告木戸運転の普通貨物自動車(以下被告車という)と町道から県道に出た原告恭子とが接触し、原告恭子が傷害を負った。

二、被告らの帰責事由

(一) 被告木戸(民法七〇九条)

本件事故は、被告木戸が現場交差点にさしかかった際、左前方に原告恭子が町道より県道に上るため自転車から降りて立ち止っているのを認めながら、従前の速度と進路を変更せずそのまま進行し、原告恭子の直前に至って急ブレーキをかけたが及ばず被告車左側ドアー附近を原告恭子に接触させたもので、被告木戸には自動車運転者として原告恭子を認めた際直ちにハンドルとブレーキを確実に操作し原告恭子との接触を回避すべき注意義務があるのにこれを怠った過失がある。

(二) 被告小柳(自賠法三条)

被告小柳は被告車の所有者で、これを自己の業務のため被告木戸に運転させていたものである。

三、原告恭子の損害 合計九九五万〇、八〇八円

原告恭子は本件事故により右肘頭開放骨折、右肘関節開放性脱臼、右正中神経断裂等の傷害を負い、小須戸病院および新大附属病院にて後記のような長期にわたる治療を受けたが、①右手全指用廃、②右手関節用廃の重篤な後遺症を残し、次の損害を蒙った。

(一) 小須戸病院治療費 二万三、三七八円

昭和四〇年六月一八日から同月一九日迄の分

入院 二日

(二) 新大附属病院治療費 四三万五、五八九円

(1) 昭和四〇年六月一九日から昭和四二年八月六日迄の分 三六万七、二〇三円

入院 四回一六五日(①四〇・六・一九~九・二九、②四一・四・二五~五・一〇、③四一・一〇・三~一〇・一三、④四二・八・七~九・一〇)

通院 一〇八回

(2) 昭和四二年九月一〇日から昭和四三年三月二六日迄の分 四、一七四円

通院

(3) 昭和四三年三月三〇日から昭和四四年一二月三〇日迄の分 四万五、〇四二円

入院 七五日(四三・七・一六~九・二八)

通院 九回

(4) 昭和四六年七月一五日から同年一一月四日迄の分 一万八、九八〇円

入院 四八日(四六・七・一五~八・三一)

通院 三回

(5) 昭和四六年一一月一二日の分 一九〇円

通院 一回

(三) 新大附属病院通院費 四万七、一五〇円

(1) 汽車・バス代 一回三一〇円の一四回分 四、三四〇円

一回三九〇円の一〇七回分 四万一、七三〇円

(2) タクシー代 昭和四〇年九月二九日分 一、五八〇円

(四) 同病院入院中の栄養費 二万八、八〇〇円

入院合計二八八日につき一日一〇〇円

(五) 同病院入院中の日用品購入代 五万七、六〇〇円

入院合計二八八日につき一日二〇〇円

(六) 逸失利益 六八五万七、七九一円

(1) 原告恭子は前記のとおり本件事故による傷害のため①右手全指用廃、②右手関節用廃の後遺症を残した。

ところで右後遺障害による障害等級については、昭和四一年改正前の自賠法施行令第二条によれば、右障害のうち①については五級六号(但し現行施行令では七級七号)、②については六級七号(同じく八級六号)に各該当したものであるところ、同条は六級以上の等級に該当する後遺障害が二以上存する場合における当該後遺障害による損害については、重い障害の該当する等級の二級上位の等級に応ずる金額を支払うべき旨定めていた。

右規定にてらすとき、原告恭子の後遺障害による逸失利益算定の基準としては結局三級に該当するものといえる。そして三級の労働能力喪失率は労働省労働基準局長昭和三二年七月二日発五五一号「労災保険法二〇条の規定の解釈について」と題する通達によれば、一〇〇分の一〇〇すなわち一〇〇パーセントである。(もっとも現行施行令による限り、原告恭子の等級は合併で五級となり、その労働能力喪失率は一〇〇分の七九である。しかし昭和四一年改正時の自賠法施行令は、その附則において、本件の如き昭和四〇年六月に発生した事故についての後遺障害による保険金支払については、当該事故発生時の施行令によって定める金額を支払う旨定めているのであり、これによる限り原告恭子の支払分は右施行令に定める該等級の金額しか支給されない。そうとすれば、原告恭子の後遺障害の等級も右旧施行令時の等級によるべきである。)

(2) 次に原告恭子は事故当時満九歳であり、「第一二回生命表」による満九歳の平均余命年数は、六六・五八年で「就労可能年数表」によれば人の平均就労可能年数は満六三年としているので、原告恭子が高校卒の教育を受け就労すれば(現在高校生である)満一八歳から満六三歳までの四五年間稼働できる。

(3) そして、総理府統計局の昭和四三年賃金構造基本統計調査報告によると、昭和四三年平均年令別給与額は女子一八歳については月額二万四、六〇〇円であるから、一年分は二九万五、二〇〇円であり、原告恭子は一〇〇パーセント労働能力喪失したから、結局、六三歳までの逸失利益分は金六八五万七、七九一円となる。

(七) 慰藉料 二五〇万円

原告恭子は前記のような何回にもわたる入院手術にも拘らず①、②の後遺症を残した。また日常生活の面でも身体の右腕・胸部等に手術痕があるため夏でも長袖の衣服を着用し、海水浴もできず、人前に出ることを嫌がって、性格は次第に暗くなり、また長期にわたる治療中しばしば欠席したため学業成績も低下した。以上のとおりで原告恭子が蒙った精神的苦痛は甚大であるから、これに対する慰藉料として二五〇万円を請求する。

四、原告昭三の損害 五〇万円

原告昭三は原告恭子の父親として前記のような原告恭子の日常を見るにつけ名状し難い心痛を受けている。この精神的苦痛に対する慰藉料として五〇万円を請求する。

五、原告ノブの損害 合計六三万四、〇五〇円

(一) 入院期間中の附添費 九万一、七〇〇円

原告ノブは三条市大崎所在の有限会社中沢鍛造所に勤務し日給七〇〇円を支給されていたが、原告恭子の入院中一三一日附添をし、同額の収入を失った。

(二) 通院期間中の附添費 四万二、三五〇円

原告ノブは原告恭子の通院一二一日全部に附添ったが、この通院はほぼ半日を要したので、損害額は前記日給の半額として計算した。

(三) 慰藉料 五〇万円

原告昭三と同じ。

六、被告らの一部弁済と自賠責保険金の受領

原告恭子は本件事故に関し被告らより各一〇万円(計二〇万円)および自賠責保険より九四万円を受領しているので、この合計一一四万円を前記損害額から控除すると、その残額は八八一万〇、八〇八円となる。

七、本件請求

よって原告らは被告らに対し、各自、原告恭子に対しては八八一万〇、八〇八円、原告昭三に対しては五〇万円、原告ノブに対しては六三万四、〇五〇円および以上の各金員につき本件事故発生の翌日である昭和四〇年六月一九日以降各完済迄民法所定の遅延損害金を支払うよう求める。

(被告らの抗弁に対する答弁)

一、時効の主張について

(一) 訴提起による時効中断が訴取下によって効力を失うことは被告ら主張のとおりである。

然し訴取下後も六ヵ月間はいわゆる「裁判上の催告」が継続し、その期間内に再訴すれば時効は中断されると解すべきである(最一小判昭四五・九・一〇集二四・一〇・一三八九参照)。

原告らは被告主張の前訴が休止満了によって取下とみなされた後六ヵ月内に再訴である本件訴訟を提起しているから時効は中断されている。

(二) 原告らが事故から三年経過後の再訴係属中に賠償請求額を拡張(治療費・栄養費・慰藉料を増額、逸失利益・入院雑費を新たに追加)したことは被告ら主張のとおりである。

然し右拡張部分も前訴およびその休止満了後六ヵ月内になされた再訴によって時効は中断されている。即ち、

(1) 訴提起による時効中断の効力は、その訴が一部請求であることを明示しているときはその一部についてのみ生じ、一部請求たることを明示していないときは請求権の全部について生ずる(①最二小判昭三四・二・二〇集一三・二・二〇九、②昭四五・七・二四集二四・七・一一七七参照)。

(2) ところで交通事故においては生命・身体が侵害されたことそれ自体が損害なのであって治療費・逸失利益・慰藉料等は右損害を金銭的に評価するための資料に過ぎず、あくまでも被害の実体に見合った全体としての賠償額が問題とされるのである。

(3) 本件の場合原告恭子の症状は前訴提起後の昭和四二年一二月一日当時においてすら治療の可能性が認められており、後遺障害の程度が最も正確に認定され判明したのは昭和四六年一一月一二日のことである。そして傷害の治療状況および後遺症の程度は必然的にその損害の算定(即ち治療費・逸失利益・慰藉料等の額)に影響するのであるから、原告らが原告恭子の症状固定をもって全損害の算定をなしこれを請求しようと考え原告恭子の治療経過を見守ってきたのは当然のことで何ら非難されるべきではなく、被告らとてこのようなことは十分予期していた筈である。

右の経過から明らかなとおり、原告らは本件訴訟の当初から被告らに対し全部の損害賠償を請求しているのであるが、原告恭子の症状が可変状態にあったところから、その損害数額を前訴および再訴の提起時に確定し得ず後に請求を拡張したに過ぎないのであり、前訴や再訴における各訴状の記載をもって原告らが全損害のうち各訴状に記載の損害費目および金額についてのみ審理判断を求めているところの明示的一部請求とみるのは誤りである。

(4) 以上述べたとおりであるから、原告らの被告らに対する損害賠償請求権は前訴およびその休止満了後四ヵ月内になした再訴の提起により各訴状に記載した部分のみでなく、後日拡張した部分を含む全部について時効が中断されているのである。

(5) 仮にそうでないとするならば、逸失利益に関する時効起算点については後遺障害の程度が最も正確に判明した(即ち損害を知った)昭和四六年一一月一二日、もしくは後遺障害についての診断が始めてなされた昭和四二年一二月一日とすべきである。

二、被告小柳の自賠免責について

(一) 被告木戸の無過失を争う(本件事故の発生状況は先に述べたとおりである)。

(二) 被告車の構造および機能は不知。

第二、被告ら訴訟代理人は請求棄却の判決を求め次のとおり述べた。

(請求原因に対する答弁)

第一項本件事故の発生については認める。第二項被告らの帰責事由のうち、(一)の被告木戸の過失を争い、(二)の被告小柳が被告車の運行供用者であることは認めるが、後記のとおり免責を主張する。第三ないし第五項の損害についてはすべて不知。第六項の被告ら支払金額と自賠責保険金の給付については認める。第七項の本件請求については後記のとおり時効消滅を主張する。

(被告らの抗弁)

一、時効消滅

(一) 本件事故は昭和四〇年六月一八日に発生した。これについて原告らは昭和四二年九月四日被告らに対し損害賠償請求訴訟(新潟地方裁判所昭和四二年(ワ)第四九〇号)を提起したが、昭和四四年三月一六日の休止満了によって取下とみなされた。本件訴訟はその後昭和四四年七月二五日に至って提起された再度の訴訟である。

然し訴はそれが取下げられた場合時効中断の効力を生じない。これは民法一四九条が明定するところである。してみれば仮に原告らが被告らに対し何らかの損害賠償請求権を有していたとしても、右請求権は事故後三年の期間が経過した昭和四三年六月一八日の満了をもって時効消滅をしたことになるから、その後の昭和四四年七月二五日に至って提起された本件訴訟についてはその実体について審理する迄もなく理由がないこと明らかといわねばならない。

右の点について原告らの主張する「裁判上の催告」なる概念は何らの法的根拠がないばかりか、民法一四九条に重大な例外を認めるもので、その結果は原告側の恣意ないしは怠慢による訴の提起と取下の繰り返しを許すことになり、ひいては時効制度の根本的な存在理由たる法的安全性を著しく害することになる。従って原告ら主張の見解は容認されるべきではない。

(二) 次に原告らは本訴において昭和四五年三月二〇日付および昭和四六年一一月一七日付書面をもってその損害請求額を拡張している。然し右拡張請求部分は本件事故以来右拡張請求時迄、かつて何らの催告も請求もなかったものであるから、右拡張部分については少なくとも時効が完成していることは明らかである。

≪以下事実省略≫

理由

一、本件事故の発生

当事者間に争いがない。

二、時効の中断

(一)  先ず前訴提起による時効中断は前訴の休止満了による取下擬制によって効力を失い原告らの損害賠償請求権はすべて時効消滅したとの点については、当裁判所も原告ら主張(一)のとおりその援用する最高裁判決と同旨の見解のもとに取下擬制後六ヵ月内になされた再訴提起によって時効は中断されたものと解する。

被告らは右のような見解を容認すれば原告側の恣意または怠慢による訴の提起と取下の繰り返しを許す結果となるから不当であると主張するが、そのような繰り返しが実際に行なわれることは通常あり得ないし、また仮に繰り返しが行なわれたとしてもそれが原告側の恣意や怠慢に基づくものであれば、権利濫用や信義則の活用によって個々的に妥当な処理をなし得ることでもあるから、被告ら主張のような稀有の事例を想定した上での反論は採るを得ない。

(二)  次に原告らの損害賠償請求権のうち事故から三年経過後に訴訟上の請求が拡張された部分については時効が完成しているとの点については、

(1)  時効中断の効力が訴の主張態様即ち明示的一部請求か全部請求かによってその範囲を異にすることは原告らの主張し援用する最高裁判決の示すとおりである。

(2)  ところで原告らが前訴において被告らに対し請求したのは、前訴の訴状によれば原告恭子につき①治療費三六万〇、〇三二円、②再診料三、五二八円、③通院費四万六、〇七〇円、④栄養費一万三、一〇〇円、⑤ハイヤー代一、五八〇円、⑥供血者謝礼二万〇、八〇〇円、⑦慰藉料一〇〇万円の合計一四四万五、一一〇円であり、原告ノブについては①附添費一三万四、〇五〇円、②慰藉料四〇万円の合計五三万四、〇五〇円、原告昭三については慰藉料四〇万円であり(以上の点は当裁判所に職務上顕著である)、原告らが本件訴訟において被告らに対し最終的に請求している損害項目および金額(請求原因第三ないし第五項参照)のうち右以外の分はすべて事故から三年経過後の再訴である本件訴訟中に拡張されたものである。

(3)  然し右前訴における請求をもっていわゆる明示的一部請求とみるべきではない。

即ち、≪証拠省略≫を綜合すれば、原告恭子は本件事故当時小学校四年生で右腕に主張の傷害を受け手指・手関節・右肘関節に生じた機能障害を改善するため主張のように繰り返し入・通院をしていたもので、前訴提起時の昭和四二年九月四日当時は新大附属病院に入院中であり、同年一二月一日付の診断によっても右肘関節については関節形成術を行ない多少の可動性が得られる見込みであるとのことでその後も治療を継続し、事故から三年経過直後の昭和四三年七月一六日から同年九月二八日迄第五回目の入院、再訴である本訴係属中の昭和四六年七月一五日から同年八月三一日迄第六回目の入院をしてそれぞれ手術を受け昭和四六年一一月一二日の診断によって主張のような後遺症認定がなされたけれども、なお肘関節については手術による運動回復の可能性の有無について確定的な判断が留保されている状態にあることが認められ、原告らの前訴は当時における原告恭子の治療状況をもとに当時において原告らに判明していた資料に基づき、原告恭子の受傷によって原告らに生じた全損害を被告らに対し請求するため提起されたものと解される。

従って前訴(およびその休止満了による取下擬制後六ヵ月内になされた再訴)提起による時効中断の効力は本件事故によって生じた原告らの全損害に及んでおり、前訴請求の損害項目と金額のみでなく、その後に拡張された損害項目および金額についても時効は中断されていると解すべきである。

なお請求拡張部分のうち当初より請求のあった損害項目(治療費・入院中の栄養費・慰藉料)については原告らの援用する最高裁判決((二)の②)の趣旨に照らし前訴提起による時効中断の効力が及んでいると解すべきことは問題がないと思われるが、当初請求になく事故から三年経過後の拡張によって始めて請求された損害項目(入院中の日用品購入代・逸失利益)については反対の見解もあるので更に附言すると、

1 傷害事故の場合その損害額の算定は治療関係費・逸失利益・慰藉料という各項目に分類して行なわれるが、これを原告ら主張のように合して一個の損害賠償請求権とみようと或いは項目により異った損害賠償請求権とみようと、各項目が相互に牽連一体をなす損害で、時効は予見可能な損害を含めすべて事故の時から進行し、また各項目の損害額算定が傷害に対する治療状況や後遺症の有無程度という同一事実を資料としてなされるものであることはいう迄もない。そして訴提起時において現に治療中でありそれがその後も継続されているときは、その後の治療状況や後遺症の有無程度に応じて損害項目や金額に変更を生じてくるであろうことは当然に予測される。

2 右のように各損害項目が牽連一体をなし算定の資料を共通とし、然も当初請求に係る訴訟中に算定資料が追加され損害項目や金額に影響を及ぼしてくる傷害事故訴訟の場合においては当初請求の訴状に特定項目の損害が掲げられていないからといって直ちに右項目の損害は請求しない趣旨であると解するのは相当でなく、むしろ原告において特に損害賠償請求権を分断し訴状に掲げない特定項目の損害は当該訴訟において請求しない旨を明確に表示していない限り、当初請求は傷害を原因とする全損害についての全部請求であると解すべきである(従って当初請求に掲げられていない損害項目についても時効中断の効力は及ぶが、既判力による遮断効も受けることになる)。

3 仮に然らずとすれば原告は当初請求時点または遅くとも事故から三年経過前迄に将来の治療状況やその結果定まる後遺症の有無程度を予測して損害項目と金額を確定的に主張請求しなければ、当初請求訴訟の係属中に請求後漸次明確になってくる損害が時効消滅してしまうという不当な結果を招くことになる。これに対し前記のように当初請求をもってそれに掲げられていない損害項目をも含む全部請求とみれば時効は全損害について中断されているから原告は当初請求訴訟の係属中になされた治療状況や判明した後遺症の有無程度に基づき弁論終結時において具体化された損害およびその時点迄に知り得た資料に基づく予測損害について請求を拡張すれば足りるのである。

以上述べたとおりで被告らの時効に関する主張はすべて採るを得ない。

三、被告らの責任

(一)  本件事故の状況と原因について検討すると、

(1)  ≪証拠省略≫によれば、事故現場附近の県道は巾員約七米、中央がやや高く側端のやや低いかまぼこ型の砂利道で、県道自体は直線のため見通しはよいが、被告車の進行左側から県道に交差してくる町道は巾員約二・六米の小路で約五〇度の鋭角に交わっている上、町道から県道への出口右側には当時高さ約一ないし一・五米の玉椿の生垣が県道左側端から約一米附近の所迄茂っていたため、県道を進行する被告車からも、また町道から県道へ出る原告恭子からも互いに見通しが妨げられていたこと、衝突地点は町道右側の延長線が玉椿の生垣の端から県道内に約二・八米、県道左側端から約六〇糎県道内に入った箇所で、被告車のスリップ痕は衝突地点から新津方向へ約一一・三六米(但し図上測定距離)、県道左側端から約一米の箇所を起点とし衝突地点に向い約九・六米の長さにわたって残されていること、以上の事実を認めることができる。

(2)  次に≪証拠省略≫によれば、被告車は当時約四〇粁の時速で県道左側を進行していたこと、被告木戸は当時現場県道を月に二回くらい通り被告車の進行方向からは見通しの悪い町道が交差していることを知っていたこと、被告木戸は原告恭子を発見して直ちに急ブレーキをかけたが及ばず、原告恭子は停止寸前の被告車左側ドアー附近に接触して転倒し被告車下部のガソリンタンクと後輪との間に自転車に跨ったままの状態で倒れていたこと、以上の事実を認めることができる。

(3)  次に≪証拠省略≫によれば、原告恭子は当時小学校四年生で事故の約一週間前から自転車に乗ることを覚え、当日は双子の姉哲子が大人用自転車に乗り、原告恭子は子供用婦人型自転車に乗って哲子の後に続き、二人で町道から県道に出、県道を横断せず直ちに右折し、県道右側を通って約五、六〇米進んだところにある小路を右折して原告ら方の屋敷へ通ずる道路を一巡する遊びに興じていたものであり、また原告恭子は自転車を覚え始めたばかりであるため自転車を止める際直接左側に降りず一旦腰掛から腰をはずし自転車を跨いだまま足を地面について止まるという停止方法をとっていたことが認められる。

(4)  ところで原告恭子が町道から県道へ出た際、原告ら主張のように自転車から降りていたのか、或いは被告ら主張のように自転車に乗ったまま飛び出してきたのかの点については、

(イ) 先ず哲子の証言によると、原告恭子は哲子が県道へ出て一旦停止し県道右側を暫く進んでから後を振り返ったとき丁度県道への出口で一時停止をしていたというのであるが、右証言は≪証拠省略≫にある哲子の供述記載(哲子が振向いた時期および地点が異なり、原告恭子の一時停止については述べられていない)と喰いちがい、且つ(2)に認定の接触状況即ち原告恭子の自転車が被告車の前部ではなく左側ドアー附近に接触している事実に照らしてにわかに措信し難い。

(ロ) 次に≪証拠省略≫によると、原告恭子は被告車が交差点の手前約一〇ないし一一・二二米(但し乙第一号証の図上測定によれば約一二・五ないし一三米)の地点にさしかかった際、突然町道から自転車に乗ったまま飛び出してきたというのであるが、被告車が時速四〇粁で進行していた場合の秒速は一一・一米であり、また急ブレーキをかけた場合でもブレーキが実際に作動する迄の空走時間は一般に〇・八秒前後であることからすれば、被告木戸が原告恭子を発見した地点はおそらく交差点の手前二〇米前後(空走距離約九米、スリップ痕の長さ九・六米、スリップ痕六の終点から衝突地点迄図上測定約二米)であったと認められるし、また被告木戸が前方注視していれば原告恭子を玉椿の生垣の端即ち衝突地点から町道内に二・八米引っ込んだ箇所に発見し得たのであろうし、更に前記(3)に認定のように原告恭子は県道を横断するのではなく町道から県道へ出た地点で右折のため停止する予定であり、然も自転車に跨ったまま足を地面におろすという停止方法をとっていたことからすれば、その速度はおそらく歩行速度に近い低速であったと推定され(る。)≪証拠判断省略≫

(5)  以上(1)ないし(4)に述べた諸点を綜合して判断すれば、本件事故は、原告恭子が町道から県道へ出る地点で停止すべく低速で玉椿の生垣の端から出て来たのに対し、被告木戸はこれを交差点手前約二〇米前後の地点で発見しながらハンドルを確実に右へ切る操作を怠ったまま急ブレーキをかけたため、被告車はかまぼこ型の砂利道である県道をスリップしながら次第に左側へ寄って行き、また原告恭子も自転車の操作に未熟なため確実な停止ができず県道左側端から約六〇糎県道内に進入し停止寸前の被告車左側ドアー附近に接触し転倒したものと推認するのが相当である。

してみれば本件事故は原告恭子と被告木戸が共に見通しの悪い交差点での通行方法に対する注意を欠き且つ自転車および自動車の操作を互いに誤った双方の過失によって発生したものであるが、事故の主因は自動車運転者である被告木戸の側にあるというべきである(特に接触地点が巾員七米の県道左側点から僅か六〇糎の箇所であることを考慮すべきである)。

(二)  以上のとおりであるから、本件事故について被告木戸は民法七〇九条の責任を負わねばならず、また被告小柳が被告車の運行供用者であることは当事者間に争いがなく、被告木戸に過失がある以上被告小柳の免責の抗弁は理由がないから、被告小柳は自賠法三条の責任を免れない。

四、原告恭子の損害 四九三万四、一八五円

原告恭子の傷害、治療状況、後遺症の程度は第二項の(二)の(3)において認定したとおりであり、その結果原告恭子の蒙った損害の額は左記のとおりである。

(一)  小須戸病院治療費 二万三、三七八円

≪証拠省略≫により原告主張のとおり認められる。

(二)  新大附属病院治療費 四三万五、五八九円

≪証拠省略≫により原告主張のとおり認める。

(三)  同病院通院費 四万七、一五〇円

≪証拠省略≫により原告主張のとおり認める。

(四)  同病院入院中の栄養費

(五)  〃日用品購入代} 合計五万七、六〇〇円

右については入院中特に医師から特殊栄養物摂取の指示があったとか或いは右栄養物の内容についての証明がないから(四)と(五)を合して入院雑費として入院一日につき二〇〇円、入院日数二八八日分の範囲で相当と認める。

(六)  逸失利益 四三二万六、五九二円

稼働可能期間 一八歳から六三歳迄の四五年間

年収      二九万五、六〇〇円

昭和四三年度賃金構造基本統計調査による女子労働者平均年令別給与一八歳から一九歳の年間収入額を採用した。

ホフマン計数 一八・五二七四

原告は満九歳であるから稼働可能年令迄の九年を据置期間とした。

労働能力喪失率 七九パーセント

原告は昭和四一年改正前の自賠法施行令に基づき一〇〇パーセント喪失として計算すべきであると主張するが、被害者に賠償されるべき金額は被告の実体に則した損害額であり、自賠保険給付に関する定めは一応の基準とはなし得てもそれに拘束されるものではない。原告の右脇機能障害をもって一〇〇パーセント労働能力喪失とみるべき合理性はなくむしろ現行の七九パーセント喪失を基準とするのが相当である。

(以上(一)ないし(六)の合計四八九万〇、三〇九円については原告に第三項認定の過失があるので四割の過失相殺を行なうのを相当とする。従って過失相殺後の金額は二九三万四、一八五円となる。)

(七)  慰藉料 二〇〇万円

本件事故の態容、原告の傷害、治療状況、後遺症の程度その他諸般の事情を斟酌し二〇〇万円をもって相当と認める。

五、原告昭三の損害 〇円

慰藉料

認められない(原告恭子の傷害、後遺症程度では民法七一一条の例外、即ち子の死亡に比肩すべき精神的苦痛を受けた場合に該当しない)。

六、原告ノブの損害 八万〇、四三〇円

(一)  入院期間中の附添費 九万一、七〇〇円

≪証拠省略≫と原告恭子の項に認定した治療経過とにより原告主張のとおり認める。

(二)  通院期間中の附添費 四万二、三五〇円

前同様原告主張のとおり認める。

(原告恭子の場合と同様(一)、(二)の合計一三万四、〇五〇円につき四割の過失相殺を行なう。従って過失相殺後の金額は八万〇、四三〇円となる。)

(三)  慰藉料

認めない(理由は原告昭三の項で述べたとおり)。

七、被告らの一部弁済と自賠責保険金の受領

当事者間に争いがない。

八、結論

以上のとおりであるから、被告らは各自、原告恭子に対し第四項の損害額四九三万四、一八五円から第七項の一一四万円を控除した三七九万四、一八五円、原告ノブに対し第六項の損害額八万〇、四三〇円および右各金員につき損害発生の翌日である昭和四〇年六月一九日以降完済迄民法所定の遅延損害金を支払う義務がある。

よって原告恭子、同ノブの請求は右の限度で理由があるから認容し、右原告らのその余の請求および原告昭三の請求のすべてを失当として棄却し、訴訟費用の負担については民訴法九二条、九三条、原告恭子勝訴部分の仮執行宣言につき同法一九六条を各適用し、主文のとおり判決する。なお原告ノブ勝訴部分の仮執行宣言申立についてはその必要性があることは認め難いので(勝訴金額僅少)却下する。

(裁判官 井野場秀臣)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例